息子のコップを洗いながら

薄暗い息子の部屋の机に置かれたひとつのコップ 🌿

息子との久しぶりの外出が決まった。

ずっと会いたかったはずなのに、
その知らせを聞いても、素直には喜べなかった。

うれしくないわけじゃない。

でも、
胸の奥に広がったのは不安のほうだった。

思い出すのは、
うまくいかなかった日のことだった。

また同じようなことが起きたらどうしよう。

ちゃんと過ごせるだろうか。

まだ心の準備ができていなかったのかもしれない。

そして、
また離れる時間がやってくる。

そんなことばかり考えていた。

喜びたいはずなのに、
喜びきれない自分がいた。

外出当日。

長い渡り廊下を歩きながら、
何度も気持ちを落ち着かせようとしていた。

どんな顔で会おう。

何を話そう。

いつも通りでいよう。

そう思えば思うほど、
胸の奥がざわざわした。

会ったときは、
お互い少し照れくさかった。

ぎこちなく言葉を交わしながら、
少しずつ距離を思い出していった。

一緒に過ごせた時間は、
6時間ほどだった。

短い時間だったけれど、
息子の変化を感じる場面がいくつもあった。

私を気遣う言葉。

相手の気持ちを考えていることが伝わる言動。

きっと息子なりに、
たくさん考えてきたんだろうなと思った。

時間はあっという間に過ぎていった。

戻る時間が近づいたころ、
息子が甘えるように近づいてきた。

そして、
私の膝に乗ろうとした。

「もう乗らないよ〜」

そう言って二人で笑った。

それでも息子は、
私の横に座って身体を預けてきた。

ついこの前まで当たり前だったはずなのに、
そのぬくもりが懐かしかった。

大きくなったなと思う気持ちと、
まだこんなふうに甘えてくれるんだという気持ちが、
胸の中で静かに混ざり合った。

うれしかった。
でも少し切なかった。

そして、
どうしようもなく愛おしかった。

泣きそうになったけれど、
気づかれないようにとこらえた。

「あー、あと1時間しかない」

息子がそう言った。

「ほんとだね、早いね」

私はそう返した。

肩を並べながら、
残りの時間を惜しむように過ごした。

離れたくない気持ちは、
きっと同じだった。

帰り道の渡り廊下は、
朝とはまるで違って見えた。

ほっとした気持ち。

寂しい気持ち。

頑張れと応援する気持ち。

そして、
自分を責める気持ち。

どれも本当で、
どれも消すことはできなかった。

家に帰ると、
テーブルの上には息子の飲みかけのコップが残っていた。

さっきまで聞こえていた声はもうなくて、
家の中はいつもより薄暗く、しんとしていた。

寂しさで胸がいっぱいになりながら、
そのコップをそっと洗った。

ほんのすこし前まで、
息子がそこにいた証を流してしまうようで、
少しだけ名残惜しかった。

洗い終えたころには、
少しだけ気持ちが落ち着いていた。

あの日は、
息子にとっても、
私にとっても、
小さな一歩だったのかもしれない。

次はいつかな。


記事を書きながら、
何度もあの日のことを思い出していました。

うれしさも、
寂しさも、

あの日の机の上に、
そっと置いてきた気がします。

次はいつかな。

そんなことを思いながら、
今日も過ごしています。

今日も『さんぽ』にお付き合いいただきありがとうございます🌿

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